ここは家から少し離れた岩浜。


三日月が心もとなく闇夜を照らしています。


わたくしは波の音を聞き、薄暗い世界を見つめながらキラを待っていました。


今日はわたくしの誕生日。


皆様が集まり、盛大に祝ってくれました。


嬉しい事なのですが、不満もあります。


それはキラと二人きりでいられる時間を奪われてしまった事。


『もう少し、空気を読んで欲しいですわ……』


ハァっと、ため息一つ。


案の定、宴は飲めや歌えやの大騒ぎ。


キラに至ってはムウ様やディアッカ様に捕まって、杯を次々と重ねられました。


当然、わたくしが割り込む余地などありません。


ですから、わたくしはこっそり抜け出し、こうしてキラを待っているのです。


ですが、この事をキラには伝えていません。


それでもキラは必ず来てくれると信じています。


思いは同じですから……


『気づいてくださいな…、キラ……』


そう思ったその時でした。


岩浜に誰かが踏み入った音が聞こえました。


そして、微かにですが息を切らした音も聞こえました。


間違いありません。


キラです……


「ラクス、ごめん。待たせちゃった?」


「いいえ。待っていませんわ」


「抜け出すのに手こずっちゃった」


キラは苦笑いを浮かべ、わたくしの隣に座りました。


「本当、ムウさん…、しつこくてしつこくて……」


「よく抜け出せましたね?」


「マリューさんに手伝ってもらった。じゃないと、本当に抜け出せそうになかったから」


「あらあら♪」


その光景を思い浮かべると、思わず笑ってしまいました。


マリューさんを介入させたという事は、それほどまでしつこかったのでしょう。


よく見れば、キラの顔もほんのり赤く染まっています。


「でも大丈夫だから。ほら♪」


わたくしの考えていた事を読み取ったかのようにキラはにっこり笑い、両手に持っていたものをわたくしに見せました。


右手にはワインボトル、左手にはワイングラスが2つ。


『あらあら、キラったら♪』


これは予想外ですわ。


キラがこんな気の利いた事をするなんて♪


「ラクス、はいっ♪」


キラはグラスの1つをわたくしに差し出しました。


わたくしがそれを受け取りますと、今度はワインの栓を抜き、ゆっくりとグラスに注ぎました。


そしてキラは自分のグラスにもワインを注ぎ、それをそっと持ち上げました。


「今日はラクスの誕生日に…、君に……」


「乾杯……、ですわ♪」


チンッと重ねあうグラス。


同時に重ねるお酒。


同時にグラスから離れるキラとわたくし……


「美味しい……」


「美味しいですわ……」


発した言葉も同じ。


思えば、こうやって二人きりでお酒を飲むのは初めて。


とても新鮮で、とてもドキドキして……


「プレゼントがあるんだ」


キラはそう言いますとグラスを置き、ポケットから小さな箱を取り出し、わたくしに差し出しました。


「受け取ってくれるよね?」


「はい。もちろんですわ」


わたくしはそっと箱を手に取り、ゆっくりと蓋を開けました。


すると、そこには……


「これ…、は……?」


箱の中には髪飾りが入っていました。


今宵と同じ三日月にかたどられ、それを2つ連ねた髪飾り。


わたくしと同じ髪飾りが……


「本当は指輪とか渡したかったんだけど……」


キラは苦笑いを浮かべました。


「ボク…、その…、稼ぎ少ないから……」


「確かに少ないですわ♪」


「面等向かって言われると辛いよ……」


「冗談ですわ♪」


わたくしは悪戯っぽく笑い、もう一度髪飾りを見ました。


本当にわたくしのと瓜二つです。


「ですが、キラ?」


わたくしは悪いと思いつつ、思った疑問をぶつけました。


「どちらでこれをご購入されたのですか?」


わたくしの髪飾り…、これは亡きお父さまの形見……


それも物心が付いたころにいただいた物です。


古過ぎてオーブはおろか、プラントでも売っていない筈です……


「ううん。買ったものじゃないよ」


わたくしの疑問に答えるように、キラは言いました。


「その髪飾り、ボクが作ったんだ」


「………、えっ!?」


「ちゃんと図面作って、頑張って作った」


「図面って? いつ、そんな事を??」


少なくとも、寝るとき以外はこの髪飾りを外していません。


それに、寝室はキラとは別々です。


それなのに、図面を作ったとは……?


すると、キラは何故か複雑な笑みを浮かべました。


「図面はラクスと一緒に寝たときに、ラクスが眠ってからこっそり調べて作った」


「あら? あらあら……」


「本当は図面を持ってマードックさんの所に頼みに行ったのだけど……」


キラはプレゼントの髪飾りに視線を落としました。


「そうしたら『プレゼントは手作りが一番なんだよ!』って怒られて……。だから、必死に頑張って作った……」


「そんな事が……」


「やっぱり…、ダメだったかな……?」


「そんな事、ありませんわ」


わたくしはそっとキラの手を握りました。


そして気づきました。


キラの手はガサガサで、よく見れば至る所に生傷が……


きっと何度も何度も失敗して、それでも懸命に頑張って……


「嬉しい…、で…、す……」


あら……


どうしてなのでしょう……


目の奥が熱くなって…、涙が……


「ラ、ラクス!?」


キラの顔が困惑と不安に染まってしまいました。


「わたくしの為に…、ありがと……」


言葉が続きません。


もっと感謝の言葉を伝えたいのに出てくれません……


「ラクス……」


ふっと、全身が温もりに包まれました。


キラが抱きしめてくれました……


「愛してる…、世界の誰よりも君のことを……」


「はい……」


わたくしも、キラの背中に両腕を回しました。


キラへの感謝を……


そして思いを……


キラに直接伝えたくて……

















「キラ」


しばらくして、わたくしはいただいた髪飾りを手に取りました。


「これは、わたくしのと寸分違わずに作ったのですね?」


「うん。自信はあるよ」


「わかりました。すみませんが、これを」


わたくしはいただいた髪飾りをキラに渡し、身につけている髪飾りを外しました。


キラは不思議そうにわたくしを見ています。


そんなキラを見ながら、わたくしは身につけていた髪飾りを片手の手のひらに乗せました。


「この髪飾り、ちょっとした仕掛けがあるのです」


「仕掛け?」


「はい。このように……」


わたくしは三日月のつなぎ目に指を掛け、力を入れますと


パキッ


小さな音を立て、重なっていた月が離れました。


「ああ、ラクスっ!?」


「大丈夫ですわ」


血の気が引いたキラを安心させるように、離れた月をもう一度重ねますと、


パキッ


「ご覧の通りですわ♪」


「それ…、離れるんだ……」


「はい。ですから、キラのも外していただけませんか?」


わたくしはそう告げ、もう一度飾りを外しました。


キラも言われるまま、月の飾りを二つに離しました。


『本当に寸分違わないのですね』


わたくしはキラの器用さに感心しましたが、すぐに気をとりなおしました。


「片方の月をわたくしに」


「う…、うん……」


「ありがとうございます。では、これを……」


わたくしはお父さまのとキラのと、双方の月を重ねました。


「これでよし……、ですわ♪」


「?????」


キラはわたくしがした事がいまいち理解していないようです。


ああ、そうでした。


キラには、まだわたくしの髪飾りの事を伝えていませんでしたわ。


わたくしは、お父さまの髪飾りをすっとキラに差し出しました。


「この髪飾りはお父さまの形見なのです」


「お父さま…? シーゲルさんの……」


「お父様の形見を離したくはありません。ですが、キラのも離したくはありません。ですから……」


「あっ、なるほど」


キラはお父さまのを受け取ると、わたくしと同じように自分のにつけました。


「これで、ボクとシーゲルさんのとが一緒になった訳だ」


「はい。これで何処へ行っても、お父さまとキラが一緒に見守ってくれますわ」


「ラクス……」


途端にキラの顔色が曇りました。


「君はやっぱりプラントに……」


「絶対にありえませんわ」


わたくしは与えてしまった不安を取り除くようにそっとキラの頭を撫でました。


「わたくしの帰る場所はキラ、あなたの傍だけですわ」


「う…、うん……」


キラはすっかり、しょげてしまいました。


わたくしの失敗です。


こんな日に、仕事の話をしてしまって……


「それよりもキラ」


わたくしはワインボトルを手に取りました。


「そんな事は忘れて今日は飲みましょう♪」


「そうだね。今日は夜が明けるまで飲もう♪」


「はい♪」


わたくしはキラのグラスにワインを注ぎました。

















空が白み始めました。


「キラ。もうすぐ夜明けですわ……」


わたくしはそっとキラに話しかけました。


ですが、キラから返事は返ってきません。


何故なら……


『仕方がない人ですわ♪』


視線を膝元に落としました。


そこにはキラが……、無垢な寝顔で眠るキラがいます。


お酒を飲み始めてからすぐ、キラは酔いつぶれてしましました。


確かに、わたくしと飲むまでにたくさんのお酒を召し上がっていた事も原因でしょう。


それでも……


『本当はわたくしがキラの膝で眠りたかったのですのに……』


キラの頭を撫でながら、思ってしまいました。


ですが、これはこれで悪くありません。


むしろ、普段どおりですわ。


キラは本当に素敵な男性(ひと)……


誰からも好かれる素敵な男性……


そんな男性の寝顔を独占できるわたくし。


キラの全てであるわたくし。


わたくしの全てである人と共に向かえる今日という日。


きっと素晴らしい日になることでしょう。


『ですが…、今だけは……』

















太陽よ、昇らないで……


わたくしも、まぶたを閉じました。


太陽よ、昇らないで……


伝わってくるキラの鼓動と吐息と温もり……


いつまでもこうしていたい……





誰にも邪魔されることなく……








愛する人と共に……








永遠に……



















《あとがき》
ラクスの誕生日。
舞台設定としましては種D戦後です。
当初は『プレゼントはボク♪』チックな話も考えたのですが、まずありえねぇ話なのでw
《くどいようですが、キラは受けですから〜〜》

普通にプラトニックに(?)2人きりの話にしました。

前半は格好良く、中盤以降はいつも通りのキラたん♪
でもって、最後は酔いつぶれて、お約束の膝枕(笑)
どう考えても、キラが飲めるタイプには見えないしな〜♪
ってか、ラクスが酔いつぶれたキラをお持ち帰り♪ な話も考えました(えっ)

ラクスの髪飾りについては、完全に管理人の妄想。
当然の事ながら、月の飾りが分離するのも勝手に設定。
そう考えた時、キラが同じ物を作って渡せば「いい話になるんじゃねぇ?」と思いつきましたw

去年はHP立ち上げが間に合わず、ラクスの誕生日を逃す失態…
今年は無事にラクス誕生日小説が書けて本当に良かったです♪




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