『わたくしは、どうなってしまうのでしょうか……』


そっと胸に手を当て、目を閉じました。


まぶたの裏に浮かぶ、一人の男性。


名は、アスラン・ザラ。


ラクスの婚約者であり、ラクスの初恋の人。


少々不器用ではあるが、優しい人。


他の女性から見ても、非の打ち所のない人。


しかし……


『胸が…、苦しい……』


胸が締め付けられ、アスランの顔が消えました。


そして入れ替わるように、浮かび上がる顔……


少女の様に繊細な顔立ちの……


とても悲しい瞳をした少年の顔が……


「キラ…、様……」


わたくしは、その人の名を口にしました。


すると、どうでしょう。


今まで締め付けていた胸がすっと落ち着きました。


『あの人は…、今どこで……』


アスランの話では、キラ様は地球におられるとの事。


望まぬ戦いに身を投じ、独り苦しんでいるのでしょうか……


『痛っ……!』


今度は胸に痛みが走りました。


と同時に、何故か浮かびあがりました。


キラ様と共に過ごした時を……


『あの御方は…、わたくしを……』


キラ様はわたくしをわたくしと見てくれました。


しかし、わたくしが【ザフトの歌姫】であるとご存知なかったから……


いいえ……


あの御方は知ってからもわたくしを見てくれました。


【ザフトの歌姫】ではなく、【ラクス・クライン】として……


同じ、一人の人間として……


『ふ…、しぎ……』


胸の痛みが治まりません。


ですが、少しも苦痛に感じません。


それどころか、とても心地がいい……


『しかしアスランは……』


再びアスランの事を思い浮かべました。


確かにアスランは優しい人。


不器用で無口ですが、とても優しい人です。


ですが、アスランはわたくしを見てくれない……


見ているのは【ザフトの歌姫】もしくは【婚約者】としてのわたくし……


【ラクス・クライン】として見てくれた事など一度も……


「あっ…、うぅ……!!」


胸に激しい痛みが走りました。


先ほどのような心地いい痛みなど程遠い……


まるで心臓に杭を打たれているような激痛が……


訴えってきます……


アスランに対する本当の気持ちを認めろと……


ズキンッ!!


「あぅぅ……」


たまらず、胸を押さえたままその場に崩れ落ちてしまいました。


「い…、たい……っ!!」


痛みは執拗に訴えてきます。


意地ヲ張ルナ…… 認メテシマエ……


『認めたい…、ですが……っ!』


わたくしはアスランの妻となるのが宿命(さだめ)……


妻となり、アスランの子を産むのが宿命……


それが、生を授かった時に与えられた宿命……


『ああ…、わたくしは……』


コンコンコン


ドアをノックする音が聞こえました。


「ラクス、入ってもいいか?」


ドアの向こうから聞こえてきた声、それはお父さまの声でした。


『今、こんな姿を見られては……』


わたくしは「入らないでください」と言おうとしました。


ところが言葉を紡ぐことはおろか、声すら出せません。


そうしているうちに、ガチャとドアが開いてしまいました。


「ラ、ラクスっ!!」


わたくしを見るなり、お父さまの顔は蒼白になりました。


「ど、どうしたんだ! ラクス!!」


「だい…じょう…、ぶ……」


「何が大丈夫だ!」


お父さまは駆け寄り、そっとわたくしを抱き起こしました。


するとどうでしょう。


今までわたくしを痛めつけていた痛みが消えました。


ですが、途端に視界が歪みました。


涙で……


「お父さま……」


わたくしはお父さまの胸に顔を埋め、叫ぶように訴えました。


「お父さま、わたくしを叱ってください!」


「どどど…、どうしたんだ……!?」


わたくしは全てをお父さまに打ち明けました。


誰もわたくしをわたくしとして見てくれない孤独を。


アスランの前では都合のいい女を演じている事を。


そして、宇宙で出会ったあの人の事を……


婚約者の身でありながら二心を抱いてしまった事を……


「わたくしは…、わたくしは最低な女です……っ!!」


わたくしは大声で泣きました。


辛くて…、苦しくて…、切なくて……


ですが、お父さまは怒るでも、愕然とするでもなく、優しく背中をさすってくれました。


『どうして……』


分かりません……


どうしてお父さまは喜んでくれているのでしょか……


アスランという人がいながら二心を抱いているのにどうして……


「いいのだよ、ラクス」


お父さまは囁くように告げました。


「ラクスの気持ちは、何一つ間違っていないよ」


「ですがお父さまっ!」


わたくしは叫びました。


「それではアスランを裏切るのと同じ事ではありませんか!?」


「それは違うよ、ラクス」


お父さまはそっと頭を撫でてくれました。


「おまえとアスラン君の事は、我々が勝手に決めた事だ。おまえが気にする事はない」


「で、ですが! それではお父さまが!?」


そうです……


もしもこの婚約が破談になれば、間違いなくパトリック・ザラとの関係が悪化……


ただでさえ、対立している関係がさらに悪化してしまいます……


そうならば、あのパトリック・ザラが黙っているはずがありません……


「ならば、私も言わせてもらうよ」


僅かにお父さまの語気が強くなりました。


「おまえはアスランの嫁になる事に、本当に満足しているのか?」


「……、えっ?」


「自分の幸せが、本当にアスランと一緒になる事だと思っているのか?」


「……、違います……」


わたくしは、心の底から告げました。


「わたくしは、わたくしが心から愛した人と一緒になりたいです……」


確かにわたくしはアスランが好きです……


ですが『好き』と『愛する』は似て非なるもの。


わたくしの運命の人ではありません。


「よく言ったぞ。ラクス」


お父さまは嬉しそうに頭を撫でました。


「それでこそ、私の娘だ」


「ありがとうございます…、っで、よろしいのでしょうか……?」


「いいのだよ。それで」


お父さまはゆっくりわたくしから離れました。


しっかりと自分の足で立つ事が出来ます。


見える世界も、しっかり見えます。


ですが、まだ胸の痛みが残っています。


心地いい不思議な痛みが……


「私は嬉しいよ」


お父さまは穏やかに微笑みました。


「今のおまえは、本当に恋する乙女の顔だ」


「お…、お父さまっ!!」


突然の言葉に、思わず大声を上げてしまいました。


それでもお父さまは、まるで自分の事のように喜んでくれています。


「必ず会えるよ。おまえが本当に逢いたいと思っていればな」


「は…、はい♪」











ようやく分かりました。


今、わたくしの胸の中にある痛み。


それはキラ様への思い。


次に出逢った時には、もっとキラ様の事が知りたい。


そして、心から認めたい……


キラ様こそが、わたくしの運命の人である事を……
















《あとがき》
種20話【おだやかな日に】後を捏造。
一応アニメでも小説でも、まだアスラク状態ではありますが……
オレは20話でアスラク終焉を感じ取った!(これ、マジで♪)

元々、これはHP開設前から温めていた話です。
ただ、書く機会がなかったのでこの時期になりました。

あんな凸でも婚約者ですし、シーゲルさんの事もありますからね。
ラクスとしては、この時期が一番辛かったんじゃ? と思います。

これは管理人の立場からの観点なのですが。
シーゲルさん、絶対にラクスを凸に嫁がせたくなかった筈!
じゃないとオレが嫌っ!(おい)

しかし、ラクス視点の話は本当に難しいです。
HP開設して結構経ちましたが、ちゃんとレベルあがっているのか…?
ご意見・ご感想・ツッコミ、どうぞ遠慮なく送ってください。




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