ふっと目を開けると、そこは先ほどと同じ風景だった。


「アスラン……」


聞こえてきたのはキラの声。


そうだ……


俺は今、アークエンジェルにいるんだ……


カガリのすぐ傍にいるんだ……


「カガリ…、は……?」


「カガリは寝ているよ。今、夜中だから」


キラは穏やかに答えてくれた。


しかし、夜中にも関わらず自分を看てくれるキラ。


本当、律儀というか、世話焼きというか……


「ところでアスラン……」


キラは静かな声で言った。


「君に渡さないといけない物があるんだ……」


「渡さないと…、いけない物……?」


「うん、とっても大事な物なんだ。受け取ってくれる?」


何だ、渡したい物って?


皆目見当がつかないが、キラの顔を見る限り悪いものではなさそうだ。


それに、もしかしたらカガリから託された物かもしれない……


「ああ…、受け取るよ……」


「うん。じゃあ……」


キラは穏やかな声で返すと、ゆっくりと立ち上がった。


何故か、顔から表情が消えて……


『一体、何を……えっ!?』


不審に思うのと同時だった。


いつの間にか大きく振りかぶっていたキラの右腕が勢いよく振り下ろされた。


自分の顔面めがけて……


『なっ!?』


慌ててガードしようとしたが、間に合わない!


ガツッ!!!


鈍い音が耳に響き、焼けるような痛みが右頬を貫いた。


否、それだけではなかった。


続けざまに左の頬に激痛が走り、脳が激しく揺れた……


間違いなく殴られた!


キラに! 渾身の力で!!


『ど、どうして……っ!』


どうして殴られなきゃならない!


怒鳴ろうとした!


だが、出来なかった……


目の前に浮かぶ、キラの……


あの穏やかなキラには、あまりにも似つかない……


鬼神の如き形相の前に……


「こんなものじゃないよ……っ!」


キラは胸倉を掴み上げ、一切の躊躇いを捨て俺の顔面を打ち抜いた。


女みたいに華奢な手を、鉄拳に変えて……


「こんなんじゃ…、全然足りないよっ!」


キラは怒り叫び俺をベッドから引き摺り下ろし…、いや、床に叩き落した。


と同時に、腹に凄まじい衝撃が襲った。


け、蹴られた……


「ぐわぁぁぁ!!」


胃酸が逆流し、口の中が強烈な酸味に犯された……


『な、何をするんだキ…、がはっ!!』


俺の黙らせるようにキラはもう一度、俺の腹を蹴り上げ……








◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆








キラの二度目の蹴りを喰らったアスランは、僅かに残っていた胃の中の物と大量の胃酸を吐き出した。


「まだだよ…、まだまだだよ……」


キラはぐったりしたアスランの体を容赦なく蹴り続けた。


途中、何回か鈍い感触がキラの足を伝ったがキラは止めなかった。


何度も……


何度も、何度も……


何度も、何度も、何度も……


何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……


アスランの体が痙攣し始めても、なお蹴り続けた……


「こんな物じゃないんだよ……」


キラはアスランの髪の毛を掴み上げ、吐き捨てた。


「君がカガリに…、ボクの姉さんに与えた痛みはっ!」


「………」


しかし、アスランは答えない。


いや、もう答えられない……


アスランの意識は、とうに別世界へとトンでいる……


そんな事ぐらい、冷静でないにしろキラは分かっている。


だが、分かっていながらもキラは怒鳴った。


「君はボクの姉さんを泣かしたんだぁぁぁぁ!!!」


「………」


「ボクの姉さんを泣かしたんだよっっっっ!!!」


キラは吐瀉物で汚れる床にアスランの顔面を叩きつけた。


ありとあらゆる負の感情を乗せて……


べちゃ……


嫌な音と匂いがキラの五感を不快にさせた。


その時だった。


「おいおい、騒がしいな〜」


キラの後ろのベッドのカーテンが開いた。


「ったく、こんな夜中に何や…、ってんだ、おい!?」


カーテンの向こう側にいた男、ムウは目に飛び込んだ光景に肝を潰した。


ムウの目の前にはキラ、キラの足元には同室中の怪我人……


それも、もはや虫の息の少年が……


「ムウ…、さん……?」


「だから俺はムウじゃ…、ってそうじゃねぇ!?」


ムウは飛び起き、勢いのまま怒鳴った。


「これはどういう事だ、坊主っ!?」


「これ…、とは……?」


「そこの坊主の事だよ!」


ムウは床に転がるアスランを抱え起し、キラを睨みつける。


「こいつは半死半生の怪我人なんだぞ!」


「大丈夫ですよ……」


対照的にキラは冷たい笑みを浮かべ、面倒そうに呟いた。


「彼も、コーディネーターですから……」


「そういう問題じゃない!」


「それにボクはただ、渡しただけですよ……」


キラはくるりと、ドアの方を向いた。


「姉さんが味わった痛みの…、ほんの僅かだけを……」


「ぼ、坊主……」


「今日の事…、間違えても姉さんには言わないでくださいね……」


キラはドアのスイッチに手をかけようとした。


ところがキラは何かを思いだし、手を止めた。


「ムウさんも、あまりマリューさんを悲しませないでください……」


「な、何でここであの女が……」


「じゃないと…、許しませんから……っ!」


キラはそう言い残し、医務室から消えた。


『あれが、坊主なのか……』


ムウは戦慄に支配されたまま、思った。


あれが【ヤキンのフリーダム】と畏怖された男の正体なのか……


いや、違う。


あれは怒りの咆哮……


あまりに澄み切った怒りと……














悲しみだ……



















《あとがき》
アスラン懺悔シリーズ二幕。38話より

アニメでも、小説でもアスランは無罪放免扱い。
これは、さすがに納得いかねぇ!
そう言う事で、思いついたのが【鉄槌】なんですが……

さすがにヤリ過ぎたと、後悔しています……
いくらなんでも、やりすぎました……(反省)
殴られる方も痛いですけど、殴る方も痛い。
これが上手く書けていたら、と思っていただければ光栄です。

では第三幕の予告。
三石さんボイスで読んでください(笑)
《雰囲気を出す為に、反転してあります》


次回【覚悟】



彷徨えし騎士の魂を呼び戻せ! ラクス!!

皆様、お待たせしました(笑)
いよいよ主役の登場でございます。
次回は、さすがにここまでの暴力描写はありません…、がっ!?
さてさて、どうなる事やら……(汗)
《とりあえず、種キャラ史上最恐ぶりは確定していますが……(爆)》



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