今日は雛祭り。


カリダとラクス、そして女の子達は飾られた雛人形を見ながら、楽しげに甘酒を飲んでいる。


「はい、ラクス♪」


カリダは少し頬を赤らめながらラクスの盃に甘酒を注ぎ、


「ありがとうございます♪」


ラクスも上機嫌な顔で受けた甘酒をくくっと飲み干す。


そんなラクスの隣にキラの姿はない。


それどころか、この場所に姿形すらない。


「どうしてキラは何処かへ行ってしまったのでしょうか……」


ラクスは少し寂しげに呟くと、


「あらあらまあまあ♪」


カリダは柔らかな微笑み、楽しそうに答える。


「今日は女の子のお祭り。キラには居心地が悪いんでしょ」


「ですが……」


「見た目はほとんど女の子なのにねぇ♪」


「………」


カリダさん、それは言いすぎですわ。


っと、ツッコミを入れようとしたがしなかった。


ラクス自身も、カリダと同意見だからだ。


「それにしましても……」


それでも、この話題は気まずいと思ったラクスは雛人形へと視線を移した。


「どこか不思議な感じがしますわ……」


「不思議? 雛人形が?」


「はい。わたくし、こういったお人形見るの初めてでして……」


「確かにそうかもしれないね」


カリダも雛人形へと視線を移し、少し複雑な笑みを浮かべた。


「今時、雛人形を飾っている家もないって聞くし…、それにラクスの趣味にもあわなかったかしら……」


「そそそ、そんなことございませんわ」


ラクスは慌てて首を大きく横に振った。


「確かに不思議な感じはしますが、見ていて心が和みますわ」


「本当? それは良かったわ♪」


「はい。このままずっと飾っておきたいですわ」


その時だった。


カリダの顔色が一変した。


「ダメよ…、そんな事しちゃ……」


「えっ……?」


ラクスもすぐにカリダの変化を察し、同時に得体の知れない不安に襲われた。


今のカリダに、普段の春風のような穏やかさはない。


カリダの表情は晩秋の風の如く段々と冷えていっている。


「ど…、どういう事なのですか……?」


「ラクスは知らなくて当然ね……」


カリダは自分の不安の原因をラクスに告げた。


「えっ!?」


刹那、ラクスの顔からも表情が消えた。


「そ…、それは本当なのですか……!?」


「本当よ……」


カリダはこくりと頷いた。


もう、二人に甘酒の酔いなどどこにもなかった……


























夜――――


「やっと終わった〜〜〜〜」


キラはパソコンの電源を落とし、大きく背伸びし、時計に目をやった。


時間はもうすぐ12時。


この時間は、普段ならばキラも寝ている時間。


当然、家の皆々も眠っている。


「シャワーでも浴びて寝よう」


キラは着替えを手に取り、部屋を出た。











シャワーを浴び終えたキラは自室に戻ろうとした時、


『あれ?』


リビングに人の気配を感じた。


ところが、リビングは真っ暗。


キラは一瞬気のせいと思ったが、微かに物音が聞こえてくる。


『まさか泥棒……!?』


しかし、それならば真っ先にハロが反応するはず。


そうなると、リビングにいるのはこの家の誰か……


『一体誰が……?』


キラは息を潜め、そっとリビングの戸を開け、中へと入った。


すると……


『ラ…クス……?』


そこには間違いなくラクスの姿があった。


ところが何故か電気をつけず、しかも何かを片付けている。


それも焦燥感を滲ませて……


「ああ…、まだ片付きませんわ……」


ラクスは独り言を言いながら、バタバタと片づけを続けている。


キラの存在など気づいていない。


「早く片付けないと、わたくし…、わたくし……っ!」


ラクスは必死に片づけをしているが、気持ちが空回りしていていて作業が全く手についていない。


おまけにリビングは真っ暗。


作業能率があがるはずなどない。


キラは親切心で電気のスイッチに手を伸ばした。


パチッ


「えっ!? あっ…、ああぁ……」


「あっ」


電気がついた瞬間、キラとラクスの目が合った。


しかし、表情は見事なまでに対照的。


キラの表情は僅かな驚き。


対し、ラクスの表情は……


「どどどど……!?」


白磁のように透きとおっている肌が、より白くなっている。


一言で言えば顔面蒼白……


「ねえ、ラクス?」


キラはただ事ではないラクスの状態を落ち着かせるように、静かに柔らかく訊ねた。


「こんな夜中に何やっているの?」


「あぁぁ…、いえ……」


「急ぎの用事だったら、ボクも手伝うよ」


「そ…、そんな……。キラの手を煩わせる様な事では……」


ラクスは微かに震えながら、身体で後ろの物を隠した。


しかし、いくら隠したところで所詮は女の子の体。


完全に隠す事など出来ない。


「あれ?」


キラはラクスの後ろの物を確認しつつも、念の為に聞いた。


「それって雛人形だよね?」


「………」


「そんなの、明日片付ければいいじゃない?」


「そんな訳にはいきませんわ!」


突然、ラクスは声を荒げた。


「雛人形を片付けないと……、わたくしお嫁にいけなくなりますのよ!」


「………、えっ……?」


「わたくし、そんなのイヤです! キラのお嫁さんになれないなんてイヤですわ!!」


「ラクス、少し落ち着いて」


「わたくしは焦ってもいませんし、キラを信じています! ですが、ちゃんと片付けないとお嫁にいけな……、はぁっ!?」


刹那、ラクスの顔に血色が戻った。


いや、戻ったを越えて真っ赤に染まった。


「わわわわ…、わたくし何を……」


「落ち着いて、ラクス」


キラはいたたまれなくなり、そっと震えるラクスの肩に手を置いた。


「もう想像ついているんだけど、念の為に聞くね。誰がそんな事をラクスに吹き込んだの?」


「カリダ…、さんです……」


「やっぱり……」


キラは大きく溜息を吐くと、ラクスを抱きしめた。


包み込むように優しく、それでいて逃さまいとぎゅっと強く。


「ラクス、ごめんね……」


「どうして謝るのですか……?」


「ボクがちゃんと形にして態度を示さないから……。示してたら、ラクスがこんな誤解しなくて済んだから……」


「誤解…、ですか……?」


「うん。きっと母さん、ラクスをからかったんだよ……」


キラはそう言うと溜息をもう一つ。


そして自身の感情をじっくり落ち着かせたから、そっと言った。


「雛人形を片付けないとお嫁にいけない。じゃなくて、お嫁に行くのが遅くなる。なんだよ」


「そう…、なんですか……?」


「うん。ラクスは母さんから『お嫁にいけなくなる』って言われたから、こんな時間に片付けていたんだよね?」


「そう…、ですわ……」


ラクスは恥ずかしさのあまり、ぽふっとキラの胸に顔を埋めた。


キラはそんなラクスの髪をそっと指で梳いた。


「もう少しだから…、もう少しだから……」


「は…、い……?」


「もう少しで、君に自信を持って言える日が来るから……」


キラはそう言うと、さらにぎゅっとラクスを抱きしめた。


ラクスもそれ以上、何も言わなかった。


『待っていますわ……』


























ラクスは確信した。














ラクスが望む日は、遠くはない……


遠くは…、ない……




















《あとがき》
3月はホワイトデー、と思わせといて雛祭りです♪
《更新が遅れまして、本当に申し訳ございません…》

雛人形を片付けないと婚期が遅れるという言い伝え。
念の為に調べたのですが、本当でした。
でもって、カリダさんがラクスを煽ってラクスをパニクらせるという話に(笑)

っで、実際に読まれ方は察してくれたかと思いますが、これは伏線になっています。
新しい種シリーズも正式決定しましたので、そろそろ区切りをつけようかな? っと。
ただ、管理人自身も非常に迷っています。
何しろ長編になるのは確実ですのでHP掲載にしようか、それとも思い切って本にしようかと…

色々な人の意見を聞いて正式に決めようと思っています。
どうぞお気軽にご意見をください。


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