「ふぅ……」


カリダは額の汗を軽く拭い、外に目を向けた。


透きとおった青、ところどころに存在する小さな雲。


梅雨も終わり、夏の到来を告げるような空。


庭先の猫はあくびをしながら、今日もゴロゴロ。


涼しげな風鈴の音を奏でる網戸越しの風の匂いは、湿気を帯びていながらも心地いい。


その向こう側では、キラが球のような汗を浮かべながら自転車の手入れをしている。


何気なく、とても穏やかな初夏の日。


誰もが本格的な夏の到来に心を躍らせている筈ではあるが……


『あらあらまあまあ……』


カリダは部屋の片隅へと目を向けた。


そこには、一人さえない顔をしているラクス。


本格的な夏が来る頃には体が慣れるだろうが、どうもラクスにはこの時期が苦手のようで……


暑気あたりで、すっかり滅入ってしまっている……


『どうしたものかしら……』


このまま空調の利いた部屋に居続けても何の解決にはならない。


それどころか余計に暑さに耐えられなくなり、本格的に夏バテ。


もしくは、空調が原因で夏風邪をこじらせてしまう可能性も……


『何か良い手はないかしら……?』


カリダは視線を外に戻すと、何かを思いついた。


思いつけば熟考、熟考していけると思えば行動……


「キラ、ちょっと来なさい」


カリダは自転車整備をするキラを呼んだ。











◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇











夕方―――――――


ラクスは夕飯の支度をしようと体を起こした。


しかし空調の利いた部屋に一日中いた為か、体がもの凄く重い。


何もやりたくない…、気力すら湧き上がってこない……


「辛い…、ですわ……」


はぁ〜、と、溜息一つ吐いたその時、


「ラクス〜〜〜」


キラが部屋にやって来て、にこやかに話しかけた。


「今から買い物行くから、ちょっと付き合って」


「………、はい?」


「醤油が切れちゃったから、母さんが買ってきてって。だから、ラクスと一緒に買い物を♪」


「申し訳ないですが…、わたくし気分がすぐれませんの……」


ラクスは顔に出さなかったが、不快感を抱いた。


どうして、この暑い中を買い物に行かないといけないのか?


それに、カリダはキラに頼んだのであって、どうして自分が一緒に行かないといけないのか?


巻き添え? そう思い、キラから視線を外そうとすると、


「ねぇ〜、一緒に行こうよ〜〜?」


キラは子供のように澄んだ瞳でラクスを見つめた。


『それは…、反則ですわ……』


そんな目で見つめられて無碍に断る事など出来ない。


断ろうものなら、キラは確実に数日間は立ち直れなくなる。


もしくは、涙に濡れた置き手紙を残してどこかへ行ってしまうか……


「わかりましたわ……」


ラクスは渋々ながら、キラの誘いに応じた。


当然、渋々な表情など一切出してはいない。普段のたおやかな笑顔で。


「支度してまいりますので、少しお待ちくださいな……」


「うん♪ 待ってるよ♪」


キラは一転の曇りのない笑顔で返した。














無事にカリダの頼まれ物も購入し、その帰り道。


ラクスはキラが運転する自転車の荷台に横座りながら、ぼんやりと景色を眺めている。


しかし家を出る前みたいに不機嫌ではなく、


『気持ち…、いいですわ……』


あの鬱陶しかった、あの風がまるで嘘のよう……


心地よく肌をくすぐり、体の中に溜まっていた重苦しいものを吹き飛ばしていく。


「ねえ、ラクス?」


キラは自転車をこぎながら、弾んだ声でラクスに話しかける。


「気持ちいいでしょ♪」


「はい♪ とっても気持ちいいですわ♪」


ラクスも自然と弾んだ声で返していた。


「あの風がこんなに気持ちいいなんて…、まるで夢見たいですわ♪」


「大げさだな、ラクスは…、っと♪」


キラはペダルを踏み込む足に力をいれ、さらに速度を上げた。


ラクスの腕は無意識にキラの腰元に伸び、しっかりと寄り添う。


キラもラクスの温もりを感じると、注意を払いながらもさらに速度を上げていく。


夕焼けに染まる街を、自転車は風を切って駆け抜ける。


『ああ、きっとカリダさんが……』


爽やかな風とキラの温もりと感じながらラクスは考える。


きっと、カリダが自分の憂鬱を吹き飛ばそうとキラに持ち掛けたのだろうと。


しかし昼間、キラは独りで自転車の整備をしていた。


もしかすると、これはキラが自分で考えた事?


そんな事を考えていると、長い長い下り坂がラクスの目に入った。


キラはその直前で自転車を止め、ゆっくり振り返った。


「ラクス。ここから思いきり飛ばす? それとも、ゆっくり行く?」


「えっ? あっ…、そうですわね……」


ラクスは下り坂を見ながら、少し考えた。


飛ばすと危ないが、運転をしているのはキラ。


だから、よほどの事がない限り事故を起こす事はありえない。


ならば、本当に風のようになりたい。


それに、家ではカリダが自分達の帰りを待っている。


『ですが…、わたくしは……』


キラの後ろで、キラの温もりをいっぱい感じていたい……


多少帰りが遅くなっても、カリダが仕向けてくれた事だから問題はないはず。


「ゆっくり……、帰りましょう♪」


「うん♪」


キラは満面の笑顔を浮かべ頷き、前へと顔を戻した。


そして自転車は下り坂へ入り、ラクスの体が前へと動く。


ラクスは落ちないように、もっとキラを感じるために、さらに体を寄せる。


キラはブレーキを一杯に握り締めて、ゆっくりゆっくり自転車を走らせる。


ゆっくりゆっくり……


夕日が沈むまで、ゆっくりゆっくり……


街灯がまるで星のように輝くまで、ゆっくりゆっくり……


僅かな風と、ラクスの温もりを感じながらキラは自転車を走らせた……











◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇











「あらあらまあまあ……」


カリダは玄関の前で、とても渋い表情で立っていた。


すっかり日も暮れ、夕食時もとうの昔に過ぎ去っている。


確かに、キラにラクスと一緒に買い物へ行くように仕向けたのは自分である。


しかしながら、あくまで買い物がメイン。


こんな時間になっても帰ってこないのは、完全にカリダの想定外……


「あの子、なに考えているのかしら……っ!」


皺が無意識にカリダの眉間に寄ってくる。


それも当然…、醤油がないと今日の夕食が作れないからだ……


それどころか、本来キラが当番である洗濯物の取り入れもキラが帰ってこないので自分がする羽目に……


完全に割を食った格好になっている……


「さ〜て……」


カリダは眉間に寄った皺を指で動かし、不敵な笑みを浮かべた。

















「どういうお仕置きがいいのかしらね…、キラは……♪」






















《あとがき》
7月という事で、いよいよ夏の到来!
タイトルでピンッと来た人は、まさにその通り。
『ゆず』の【夏色】をそのまんまイメージして考えた話です♪
《しかし、ちゃんと曲のイメージどおりに書けているのか不安です…》

ここ数年の夜流田さんにとって夏の到来を告げる曲は完全に【夏色】です♪
いや〜、あの曲は本当にいいですね。
特に「自転車のブレーキ一杯握り締めて ゆっくりゆっくり下ってく〜」のフレーズ。
まさにキララクを妄想しろ! と言わんばかりのフレーズじゃないですか♪

っで、ラストのオチで推測するに、ラクスを誘ったのはキラ自身の意思です。
カリダさんが仕向けただけであれば、ここまでキラは寄り道しません。
カリダさん、今日ぐらいは大目に見てやってください(微笑) 




もどる
SEEDTOP
TOP