昼下がり―――


キラは自宅前に車を出し、のんびりと車を洗っている。


小春日和の暖かさを車と一緒に感じながら。


『よ〜し。後は車の中を掃除して……』


ピカピカになった車体を惚れ惚れした目で見ながら車内用の掃除用具を手に取ろうとしたその時だった。


「おとうさま……」


どこからか春風に乗った、とても愛らしい声が聞こえてきた。


キラは声の主を探そうと辺りを見渡したが、誰もいない。


『あれ? 空耳……??』


「おとうさま…、おとうさま……」


愛らしい声と一緒に、キラは服の裾を引っ張られる感触を感じた。


「なんだ、そこにいたのか」


キラは水しぶきに濡れる顔を空いている腕で拭うと、柔らかな日差しの様に優しい目で膝元を見た。


そこには、自分の裾を引っ張りながら……


絹糸の様に艶やかな黒髪を春風になびかせ……


母親譲りの穏やかで、それでいながら気品に満ち溢れた瞳で見上げる……


愛娘…、イヨが立っていた……。


「どうしたの、イヨ?」


キラは穏やかに聞くと、イヨは少し顔色を曇らせた。


「どうしておとうさまは、一人でここにいるのですか?」


「えっ……?」


表情とは裏腹に、凛とした言い様にキラはどきっとする。


愛娘の話し方…、それはまさにイヨの母…、ラクスとそっくりだったからだ。


「寂しくないのですか?」


「ははは。寂しくないよ。それにイヨ、今日はね……」


キラはイヨと同じ目線になる様にしゃがみこみ、穏やかに微笑みながら返す。


「今日は雛祭りって言ってね。女の子達だけのお祭りなの。だから、お父さんは参加できないの」


「ですが、おとうさま……」


父の答えに、イヨは裾をぐいぐい引っ張りながら言い返す。


「おかあさまも、おばあさまも。それにカガリおばさまに、ミリアリアおねえさまも来て下さっています。
なのにおとうさまだけいないなんて、寂しいです……」


「だからねイヨ、お父さんは男の子……」


キラは諭そうとしたが、思わず言葉を止めてしまう。


自分を見る愛娘の顔があまりに寂しく、ぴったりと自分に寄り添っている為に。


『どう…、しようかな……』


キラはイヨに悟られないように、頭の中の天秤を使い始める。


今日は雛祭り……


ただでさえキラは、幼少の頃に散々女の子と間違われ、女の子の行事に関しては半ばトラウマを持っている。


しかも今いるメンバーのことを考えれば、出向けば散々にいじられるのは目に見えている。


普通ならば絶対に行かない!!


しかしながら、愛娘は自分と一緒にいたがっている。


自分と一緒に楽しみたいと、心からお願いをしている。


行くべきか…、行かぬべきか……


しかし、キラの天秤は一瞬で傾いた。


「そうだね」


キラは笑顔で答えると、イヨを抱え上げ、肩車してあげた。


「イヨは、お父さんと一緒がいいんだよね♪」


「はい。わたし、おとうさまと一緒が一番好き♪」


キラの頭上から聞こえる愛娘の声に、キラは嬉しそうに返した。


「イヨはずっと、おかあさんとおばあちゃん、それにおとうさんと一緒だからね♪」


「はい、おとうさま♪」


キラは、まるで羽ばたく小鳥の様に軽い足取りで家へと戻っていた。











その夜―――


「今日は楽しかったですわ♪」


ラクスは宴の後片付けもすっかり終わった雛壇が飾られている部屋を眺めながら呟くと、


「本当ね。カガリもミリアリアちゃんも来てくれたし」


ラクスの隣にいるカリダも、にっこり微笑みながら返す。


「イヨも本当に喜んでくれて良かったわ」


「そうですわね。孫の笑顔は何物にも代えられないものですわね、お義母さま?」


「その通りよ。ラクスには悪いけど、今日の雛祭りが今まで一番楽しい雛祭りだったわ♪」


「いえいえ。わたくしも、皆様の楽しそうなお姿を見ることが出来て本当に良かったですわ♪」


嫁と姑は、裏表一切ない笑顔で楽しくお喋りをしようとしたが、


「ですが……」


「あらあらまあまあ……」


雛壇が飾られている部屋、もとい雛壇の前にあるものを見て同時に溜息を吐いてしまう。


その、あるものとは……


「キラ……」


ラクスは雛壇の前に居座るキラに、半ば呆れた態度で言う。


「いい加減にどいてくださいな。雛人形、片付けられませんわ……」


「別に片付ける必要なんてないよ」


ラクスの言葉に、キラは露骨なまでに険しい顔で言い返す。


「イヨも気にいってたんだし、このまま飾っておけばいいじゃない?」


「そうは言いましても、片付けないと場所をとりますわ」


「普段、使っていない部屋なんだから、別にいいじゃない……」


「それに雛人形を片付けないと婚期が遅れ…、あっ……!?」


不意にラクスの言葉が止まり、ラクスはハッとした表情を浮かべた。


しかし、それも一瞬だけ……


すぐにラクスの顔が笑顔に変わっていく……


目だけが一切笑っていない、凍てつく笑顔に……


「キラ…、まさか……っ!?」


「イヨは結婚しなくていいの!!」


ラクスの作り笑顔に全てを察したのか?


キラは完全に開き直った!


「イヨは言ったんだよ! 『ずっとボクとラクス、それに母さんと一緒』って!!」


「キラ! 何を大人げない事を言っているのですか!?」


「大人げなくていいよ! イヨはどこにもお嫁には出さないからね!!」


「いい加減にしなさい、キラっ!!」


そこから不毛な言い争いが始まってしまったのだが……














『あらあらまあまあ』


カリダは何故かのほほんと微笑みながら、夫婦喧嘩を眺めていた。


止める気など、微塵も感じられない様子で。











これから先の、ドタバタしながらも楽しさ一杯の将来を思い浮かべながら……






















《あとがき》
3月は女の子のお祭り、雛祭り。
でもってキララクの愛娘【イヨ・ヤマト】の初登場です♪
《イヨはHP完全オリジナルキャラです。設定等は別所にあります》

まあ…、ご覧の通り、キラのキャラが完全にぶっ壊れてます…(乾笑)
もといキラのキャラ付けは、【月間キララク】においては、ずっとこんな感じになるでしょう…w

親バカでいいじゃない? ってか、ラクスであれだけの溺愛っぷりなんだから、むしろ当然じゃない!(力説)
それに、リアル世界で娘を持つ連中、殆どがここのキラみたいになってるし…(遠い目)
《夜流田さんの周り(既婚者)、例外なく全員が親バカ。それも娘の場合は尋常じゃない!》

まあ、こんな感じでこれからの【月間キララク】は進みます。
皆様、忌憚のないツッコミ、よろしくお願いしますw(笑)




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