ラクスは視線だけを動かしながら周囲を眺める。
薄暗い部屋に静かに響くオールドジャズの奏。
カウンターの向こうには幾多のお酒のボトルが陳列し、奥には初老のバーテンダーが一人だけ。
大きな窓ガラスの向こうに見えるのは、夜の顔をしたオーブの街。
壁は、微かに香るウッドウォール。
そして、ラクスの隣には……
『キラが、まさかここまで……』
ショートグラスを片手に持ちながら、穏やかな微笑をたたえるキラの顔。
そんなラクスの手にも、カクテルグラス。
『キラのわがままに付き合って、本当に正解でしたわ♪』
キラの横顔を盗み見ながら、ラクスはそっとグラスに唇を添えた。
今日は、ラクスの誕生日。
昼間、こぞって親しい面々がラクスとキラの家に押しかけ、とても賑やかな誕生パーティーが行われた。
ところが、宴が盛りに盛り上がってきた夕方頃、突然キラが、
『これからはボク達の時間だから!!』
っと、皆の前で言うなり、半ば強引にラクスを引っ張りだしてしまった。
そして、キラの連れられるがままに来た場所が此処……
オーブ随一の高級ホテル最上階にあるバーだった。
『皆様には申し訳ございませんが……』
ラクスは残りわずかのカクテルを飲み干すと小さく息をつく。
今、こうして二人きりの状態でいるのはキラのわがまま。
しかし、同時にこれはラクスのわがままでもあった。
『誕生日の日は、キラと静かに二人きりで……』
ラクスは火照った顔をキラへと向ける。
いつも一緒にいてくれるキラ。
いつも自分を見守ってくれるキラ。
特別でない日々の繰り返し…、それはラクスにとって一番の幸福……。
それでも、時々欲してしまう。
映画のワンシーンのような、男と女の時間。
日常では絶対に見せる事はない、愛する人の姿。
そんな愛する人を独占する一時……。
『本当…、最高の贅沢ですわ……』
ラクスの視線に気づいたキラは、ゆっくり振り向き、優しく微笑む。
と、同時に、二人の間にそっとロンググラスが2つ出された。
それは、淡い紫色をしたお酒。
不思議に思ったラクスは、特別な表情を収めて普段の表情でカウンターの方を見る。
そこには、つい先程までカウンター隅にいた初老のバーテンダーがいた。
「あの…、わたくし……」
「これは、そちらの方のご注文にございます」
疑問を口にしようとしたラクスに、バーテンダーは小さな笑みを浮かべて答える。
「これは【バイオレット・フィズ】と申しまして、貴女様の誕生石をモチーフにしましたお酒でございます」
「わたくしの誕生石…、えっ……?」
ラクスは少し驚いた表情でキラを見ると、
「改めて、お誕生日おめでとう♪」
キラは満面の笑みを浮かべ、出されたグラスのひとつをそっとラクスの傍へと差し出した。
「事前に、この人に『今日のラクスに相応しいお酒ありますか?』って聞いたの。
そうしたら、君の誕生石をモチーフにした、このお酒が一番相応しいって言ってくれたから」
「そうでしたの」
「今日はラクスにとって特別な日だから、こうやって二人きりでお酒を飲もうって。完全にボクのわがままだけど……」
「素敵なわがままですわ♪」
ラクスはにっこりと微笑みながら、そっとグラスを手に取った。
「素敵なプレゼント…、ありがとうございます♪」
「ボクの方こそ、ありがとう……」
キラもグラスを手に取り、そっとラクスのグラスに重ねた。
二人だけにしか聞こえない、グラスの重なる音。
二人だけにしか聞こえない、感謝の言葉。
二人見つめあいながら、口に含まれる酒。
それは、二人だけにしか分かり合うことが出来ない特別な味……
数時間後―――
『あらあら……』
ラクスは少し呆れた表情、隣を見る。
そこには、すっかり酔いつぶれて眠ってしまったキラが……
『夜は、まだまだ長いですのに……』
ラクスは小さく溜息を吐き、残っていた酒をぐいっと飲み干し、落胆した表情でキラを見る。
キラは子供の様に無垢な笑顔を浮かべて、すやすや眠っている。
キラからすれば、ラクスへのプレゼントは渡し終えている。
ところが、ラクスは……
『まだ…、最後のプレゼント、いただいておりませんわ……』
かなり物足りなさげな様子。
しかしながら、キラは完全に酔いつぶれてしまっている。
これ以上、キラに求めるのはあまりに酷な事。
『また日を改めまして、いただく……?』
ラクスは仕方なく酒を頼もうとしたその時、バーテンダーは無言でラクスに差し出した。
それは酒ではなく、どこかの部屋の鍵……。
「お客様」
虚を突かれた表情を浮かべるラクスに、バーテンダーは老人特有の窺い知れない笑みを浮かべる。
「これは、老人のおせっかいでございますが…、いかがでしょうか?」
「あら? あらあら♪」
差し出された鍵、そして老人の言葉にラクスは全てを察した。
「本当によろしいのですか?」
「はい。こちらは私からのサービスとなっておりますので」
老人はカラカラ笑いながらカウンターから出てくると、酔いつぶれたキラを起こしあげた。
「どうぞ、ご遠慮なくお楽しみください」
「それでは…、お言葉に甘えさせていただきますわ♪」
ラクスは満面の笑みを浮かべ、カウンターに置かれた鍵を手に取った。
こうして店からは誰もいなくなり、静かなジャズクラッシクだけが響いていた……
《あとがき》
ラクスの誕生日記念小説。
去年はシリアスな話だったので、今年は逆の方向へw
バーを借り切って二人だけで酒を嗜む。
キラがするとは到底思えない状況での誕生日の夜、キラは頑張ったと思います(笑)
しかしながら酒に弱いが為に、ラクスにお持ち帰りされる羽目にw(爆)
《この後どうなったかは、各自の妄想に委ねます!》
ちなみに話に出てきた【バイオレット・フィズ】というお酒。これは、ちゃんと実在します。
一番最初のカガリ誕生日小説《青い珊瑚礁》の所でも少し触れていますが、これは飲みやすいお酒。
二人きりで長い時間飲むには良いお酒ですよw
もっとも、酒に弱い奴にとっては一緒だけどね…
しっかし、このバーテンダー。物凄くサービス精神に溢れてるなぁ〜。
こんなバーテンダーがいる店なら、通い詰めて常連になるよ、オレw
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