彼女はボクの傍にいる。


彼女の声も、温もりもボクの傍にある。


だけど、だけど……、


あれは絶対に許せない!














―――――ボクだけの歌姫―――――












キラがいなくなったコントロールルーム。


そこにいた全員は何とも言えぬ安堵感に包まれていた。


「だけど、まあ……」


バルトフェルドはマリューを見た。


「キラじゃなくても、あれは怒るな……」


「そうね……」


マリューも大きな息を吐き、彼の言葉に同意した。


「いくら偽者でも、あんな物を見せられればね……」


「全くだ」


カガリも呆れきった顔で返す。


「あの偽者、自分がやっていることの重大さ、分かっているのか?」


「まあ、分かってないだろうね」


バルトフェルドはカガリの言葉に賛同し、


「っで、当のご本人はどんな気分だ?」


さりげなくラクスに話を振った。


「わたくし…、ですか……」


ラクスは複雑な表情こそ浮かべていたが、


「いい気分、とは到底言えませんわ」


その答えは実に率直で簡潔なものだった。


バルトフェルドは少し物足りなさげな顔をしたが、すぐに表情を戻した。


ラクスは普段清楚で、とても穏やかで優しい娘だ。


しかし、だからこそ怒った時は怖い。怒りを表に出さないからだ。


『皆さま、楽しそうですわね……』


ラクスがあの言葉を発した瞬間、一瞬にして場の空気が凍りついた。


ラクスの後ろに座るチャンドラに至っては、まだ戦慄から脱しきれていない。


「まあ、この事はゆっくり調べたあと……?」


バルトフェルドがモニターに目を戻そうとしたその時だった。


「艦長、少しよろしいですかい?」


格納庫担当マードックから通信が入った。


「どうしたの、マードック?」


マリューは受話器をとり、応対を受ける。


「今さっき、坊主がここに来たんですが……」


「坊主って、キラ君?」


「へえ、キラですわ」


マリューはマードックの声色がおかしいことに気づいた。


どことなく驚き、いや怖さがあった。


「ちょっと待って」


マリューはすぐさまバルトフェルドに視線を送り、彼もまた彼女の思っていることを察知した。


バルトフェルドは通信をルーム全員に聞こえるように回線を開いた。


「いいわ。続けて」


無意識にマリューの顔も緊張に引き締まる。


「一体、何があったんですかい!?」


「何が、って?」


「坊主にですよ! さっきの坊主……」


部屋に響くマードックの声は完全に恐怖に怯えていた。


「砂漠に降下した時やオーブ沖の戦いの後と比べ物に……、とにかく尋常じゃない目をしてましたぜ!?」


「えっ……!?」


一同全員、顔を見渡した。


ラクスを含めた全員、驚愕の色がにじみ出ている。


「念の為、報告しときましたぜ……」


「ありがとうマードック……。キラ君はこっちで何とかしてみるわ」


「了解……」


通信は切れた。


と同時に、カガリは不安と苛立ちが半分ずつ混ざった表情で呟いた。


「あのバカ……! なに、気にしてんだ!?」


「カガリさん……!?」


ラクスは嫌な予感がし、カガリの肩を掴もうとしたが既に遅かった。


「ちょっと行ってくる!」


カガリは既に踵を返し、扉を開けていた。


そして、そのまま姿を消してしまった。


「弟思いの姉だこと……」


そんな光景に、バルトフェルドは肩をすくめた。


「でも、まあカガリが妥当でしょう。艦長?」


「そうね。カガリさんなら大丈夫でしょう……」


そう言いながらも、マリューは申し訳なさそうにラクスを見た。


「ラクスさんには申し訳ないけど……。キラ君、あれで結構意固地なところがあって……」


「はい……」


ラクスは全て承知している、という顔でマリューの問いに返した。


「ご迷惑、おかけします……」


「気にしないで。とにかく、今はカガリさんに任せましょ」


マリューは肩で大きく息をついた。


一同は、静かに事の状況の経過を見守ることにした……。










◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆









十数分経過した後、カガリがコントロールルームに戻ってきた。


ところが……、


「すまない……」


カガリは入るなり、疲れきった声で告げた。


「わたしじゃ無理だ……」


それは誰もが予想だにしていなかった答えだった。


「あんなキラ、初めてだ……」


カガリの声は消耗よりも、恐怖と不安に溢れきっている。


「とにかく尋常じゃないんだ……。って言うか、あれが本当にキラなのか疑わしい……」


実の姉の言葉なだけあって、その言葉は非常に現実味があった。


「失敗だったわ……」


マリューは顔から血色が消えていた


「チェックしてから映像を見せるべきだったわ……」


「艦長の責任じゃない」


バルトフェルドは強い口調で言ったが、その顔はマリュー同様かなり悪い。


「キラだから暴走する心配はないだろうが……。だが、今のままじゃまともな判断は下せないな……」


「いや、悪いのはわたしだ。あいつの姉なのに、あいつの話相手にもなれない……」


三人が三人とも別の側面からキラを見続けていた。


そして三人ともキラから大切な事を学び、今はこうして協力し合えている。


それなのに今、キラに何もしてやることが出来ない。


その事実が、三人をこれほどまでに鬱にさせた……


『皆さま、本当に……』


そんな三人を見てラクスは嬉しく思った。


どれだけキラが皆から愛されているか、どれだけ大切な存在なのかを。


と同時に、ラクスは納得いかなかった。


三人とも、すっかりラクスの存在を忘れているのだから。


「わたくしが行きます」


「「「えっ!!」」」


三人どころか、コントロールルームにいた全員が一斉にラクスを見た。


無論、全員驚愕している。


「これ以上、皆さまにご迷惑をかけられません」


「いや、でもラクス……」


カガリは困惑しきった顔で告げる。


「今は一人にしておいた方が絶対にいいぞ……」


「どうしてですの?」


「だから、その…、あいつキレると……」


カガリの呂律が回らなくなった。


ラクスの穏やかな顔の影から、言葉に言い表しようがない物が見え隠れしているからだ。


「ご心配いりませんわ」


対照的にラクスは凛とした顔で言った。


「キラを迎えにいってきます」


そう言い残し、ラクスはコントロールルームから姿を消した。


「「「………」」」


一同、何も言う事は出来なかった。


ただ、これだけは全員理解できた。


【近い将来、あの偽者は必ず己の行いを悔いるだろう……】








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