アークエンジェル艦長室。
マリューはオーブ防衛戦の際、援軍として駆けつけたドム3機のパイロット【ヒルダ・ハーケン】と固い握手を交わした。
艦長とパイロット……
「ヒルダ・ハーケンです」
「マリュー・ラミアスです」
担う役割は違えど、互いに女ながら戦場に身を投じる立場。
ラクスからドムのパイロットの一人が女性である事を聞いたマリューがヒルダをここへ招いたのだ。
「援軍、本当に感謝しています」
「気遣いは無用です……」
頭を下げたマリューに対し、ヒルダは無骨にも見える態度をとった。
「全てはラクス様の為。当然の事です」
「そう…、ですか……」
マリューは少し戸惑いながらテーブルに置いていたカップを手に取り、口に付けるふりをしながら目の前の女性を計った。
斬れるように鋭い美貌を誤魔化すように斜めによぎる黒い眼帯。
幾多の修羅場を潜り抜けた者だけが持ち得る重圧感。
しかし、それでいながら確かに伝わってくる真っ直ぐな意志。
同性でありながらも、マリューはヒルダに心を掴まれた。
だが、それはヒルダも同じだった。
『これが【大天使の聖母】……』
ヒルダもマリューから感じ取っていた。
己と遜色ない意志の強さ。
それと己になく、主であるラクス・クラインと同じ……
聖母(マリア)の如き慈しみを……
『ラクス様が信頼を寄せるに値する人だな……』
ヒルダも出されたカップを手に取った。
ただただ静寂だけが支配する艦長室。
しかし、マリューもヒルダもそれが心地よかった。
互いに同じ志を持つ女…、言葉など要らない……
トントントン
ふと、ドアをノックする音と、
「マリューさん、ボクです」
男と女、どちらとも判断しがたい声がドアの向こうから聞こえた。
「開いているわ。入って」
「はい、失礼します」
マリューの言葉に反応したかのようにドアが開き、外にいる人物が艦長室へと入ってきた。
『この坊や……?』
ヒルダはドアの方を盗み見た。
ドアの近くに立っている少年、その姿を直接見るのは初めてではあったが写真で何度か見たことがあった。
そして名前も知っている。
「初めまして、ヒルダさん」
少年はヒルダを見るなり、深々と頭を下げた。
「キラ・ヤマトです」
そう……
この少年がキラ・ヤマト……
かの【ヤキン・ドゥーエ】において、一陣の風の如く駆け抜けたフリーダムのパイロット。
風貌こそあどけなさが残る少年ではあるが、その瞳はどこまで透きとおり、全身から滲み出る雰囲気は気品すら感じられる。
そして何より、歌姫ラクス・クラインが最も心を寄せる男。
ラクス・クラインの全て……
『さすがはラクス様、見る目が確かだ……』
ヒルダは心の底から思った。
ラクスが心から愛するに値する男だと。
また戦士としても、これほどの男はいないと。
自分があと5年若く、ラクスが存在しなければ唾を付けてもいい男だと。
だが……
しかし……
『ラクス様、申し訳ありませんが……』
ヒルダはそっとカップを置き、ゆっくりとキラに顔を向けた。
『確認…、させていただきます……っ!』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『この人がヒルダさん……』
ボクは初めて見るヒルダさんに圧倒された。
つい先程までラクスと話をしていたからある程度の予備情報はある。
それでも、聞くと見るとでは大違い。
とにかく存在感が圧倒的だ。
いや存在感という抽象的な表現でなく、言ってしまえば【力量】
パイロットとしての腕は、間違いなく『超』が付くほどの一流。
腕は間違いなくアスランより上……
本能がそれを教えてくれる……
しかし、それが故に片方だけ窺える瞳。
自分の行いに迷いなど一切ない。
そう自負し、実行できる人間しか持ち得ない真っ直ぐな瞳。
この人が、ラクスが独り宇宙に行っている間、ずっと護ってくれていた。
そう思うと、言葉だけでは到底感謝し尽くせられない。
「ありがとうございます」
ボクは静かに手を前に差し出した。
ところが……
「坊やに礼を言われる筋合いはないね」
ヒルダさんはボクに顔を向けてはくれたが、その態度はあまりにそっけなかった。
いや、この態度は違う……
明らかにボクに対して敵意を見せている。
「しかし、まあ……」
ヒルダさんは冷ややかな笑みを浮かべた。
「まさか、あの【ヤキンのフリーダム】のパイロットが女だったとはねぇ」
「……っっ!!」
「失礼。坊やは男だったね?」
な…、なんだこの人は……っ!?
どうしてわざわざ、気に障る言い方をするんだ!?
「ところで坊や、あまりラクス様を気安く呼ぶんじゃないよ?」
ヒルダさんは相変わらず、ボクを挑発するように続けた。
「坊やみたいな奴がうろちょろされちゃラクス様がご迷惑さね」
「迷惑……!?」
「そうさね。ついでに言っとくけど、ラクス様はあたい等が御守りするから、坊やはどこぞで好きなだけ暴れておいで」
ヒルダさんは性悪な笑みを浮かべた。
『目障りさね!』と吐き捨てて……
「ちょっと待ってください……」
ボクは込みあがる怒りを懸命に押さえ込みながら聞いた。
「ボクに何か恨みでもあるのですか……?」
「恨み? そんな物ないさね。ただねぇ〜」
ヒルダさんは見下しきった目でボクを見てきた。
「坊や、インパルスに負けたんだってねぇ?」
「くぅ……」
「ラクス様に託された機体、木っ端微塵にされたんだってねぇ〜」
反論できない……
事実だ…、ボクは負けたんだ……
ラクスが託してくれた剣を粉々に砕かれたんだ……
「ちょ…、ちょっとヒルダさん!」
今にも暴風が吹き荒れそうな場の空気を止めようと、マリューさんが間に入ってきた。
「あの時、キラ君は殿(しんがり)を受けながら戦っていたのよ!」
「そんなのは言い訳さね」
ボクより先に激昂したマリューさんに対し、ヒルダさんは相変わらず冷ややかに続け、
「戦いに負ければゴミさね。それに……」
全てを切り裂く鋭い眼光をボクにぶつけた
「ラクス様を護ろうとする者に負けは許されないのさ!」
あまりの迫力にマリューさんは沈黙してしまった……
でも、ボクは……
ボクの心の中は……っ!
「それに男は信用できないさね。特にラクス様は前の婚約者の事があるさね」
ヒルダさんの瞳が悪意に染まりきり、
「聞くところによるとラクス様の前の婚約者、とんでもない男らしいねぇ〜」
語る言葉も、示す態度も完全にボクを見下した。
「婚約中にも関わらず、無人島でオーブの姫君を手篭めにしたって話じゃない?」
手篭めって…、まさか……っ!!
「姫君に飽きたのと同時期に、デュランダルの口八丁に乗ってプラントに帰っちまう始末。それどころか……」
ヒルダは渇ききった笑みを浮かべ、自虐的に呟いた。
「ラクス様に似ても似つかぬ小娘を喰らうわ、ミネルバの女赤服の娘をたぶらかすわ、挙げ句その妹を強奪するわって、ね……」
アスランっっっ!!!
姉さんという女性(ひと)がいながら君って奴はぁぁぁぁ!!!
「見ての通り、ラクス様はこの世界に降臨した女神。あんな下賎な輩にも慈悲を与え……」
すぱぁぁぁぁぁぁん!!
ボクの頭の中で何かが弾けた。
「冗談じゃない!!」
ボクは腹の底から叫んだ!
「ボクをあんなのと一緒にしないでください!」
叫ぶ程度じゃ物足りない!
テーブルに思いきり拳を叩きつけ、今まで溜めていた怒りをヒルダさんにぶつけた!
「不愉快です! 訂正してください!!」
「訂正? なに言ってんだい?」
ヒルダさんは渇ききった笑みを浮かべ言い捨てた。
「寝言は寝てから言うもんだよ、坊や♪」
「寝言なんて言っていません!」
「坊やはラクス様から施されたガンダムでも磨いていればいいさね♪」
………
………………
ラクス、ごめん……
この人が君を護ってくれた事は認める……
だけど……
ボクはこの人を許すことが出来ないよ!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「バルトフェルド隊長」
僕の隣を歩くラクスが話しかけてきた。
「ヒルダさん達は大丈夫でしょうか?」
……、ああ、あの三人の事か。
「心配ないんじゃないの?」
僕はおどけながら答えた。
「マーズとヘルベルトは今頃マードック達と酒でも飲んでるよ」
「そう…、なのですか……?」
「ああ。さっき、出来上がったマーズを見かけたからな」
「それは良かったですわ♪」
「ヒルダも今はラミアス艦長の所に行っている。ラミアス艦長ならば、まあ心配する必要もないだろう」
「そうですわね」
ラクスはにっこり微笑んだ。
僕としてもあの三人に関しては少々不安があった。
とにかく個性が強い。
でも、アークエンジェルのメンバーも負けず劣らずの個性派揃いだ。
馬が合わないって事はない……?
がしゃぁぁぁぁん!!
「な、何だ!?」
前方から何やら激しい音が聞こえてきた。
この先は確かラミアス艦長の部屋。
まさかヒルダの奴、ラミアス艦長と……!?
と思うのと同時に、
「不愉快です! 訂正してください!!」
割れんばかりの叫び声が聞こえてきた。
それも何故か、それはキラの声……
って、おい!?
「ラクス!!」
僕は反射的にラクスの顔を見たが、ラクスも反応は僕と同じだった。
「バルトフェルド隊長!」
「……行くぞ!!」
「はい!」
僕とラクスは艦長室へなだれ込んだ。
すると、そこには……
「あっ! ラクスさん! バルトフェルド隊長!」
ラミアス艦長が懸命に暴れ狂うキラを押さえ込んでいる。
それをヒルダが遠目で楽しむように見ているのが非常に対照的……
じゃなくて!?
「バルトフェルド隊長、手伝ってください!」
僕はラミアス艦長に言われるままキラを押さえ込むのを手伝った。
この暴れっぷり、キラの姉にそっくり…、いやそれ以上だ……
「マリューさん」
ラクスが動揺隠し切れない顔で、ラミアス艦長に訊ねた。
「一体…、何があったのですか……?」
「実は……」
ラミアス艦長は大きくため息を吐き、経緯を語った。
そして、ラミアス艦長が全てを語り終えたのと同時に、
「ヒルダさん!!」
ラクスがもの凄い剣幕でヒルダに怒鳴った。
「キラが怒るのも当然ですわ!」
「?????」
対し、ヒルダは呆気に取られた顔をしている。
「わたくしのキラをあんなのと一緒にしないでください!」
「ラ…、ラクス様……?」
「キラに謝ってください!!」
おいおい……
仮にもアスランはザフトのトップガンだった男だぞ……
随分と酷い言い草だな……
「申し訳ございません、ラクス様……」
しかし、ラクスに一喝されたヒルダは素直にラクスの言葉を聞き入れ、
「悪かった、坊や。少し言い過ぎた……」
ボクの腕の中で暴れるキラに深々と頭を下げた。
だが、キラは凄まじい形相でヒルダを睨みつけた。
「ラクスはボクのものです! あなた方が手を煩わせる必要はありません!」
げぇ!!!
まずい…、非常にまずい……
ヒルダの性格とラクスへの忠誠心を考えれば、その言葉は!!
僕は慌ててキラの口を塞ごうとしたが、既に遅かった……
「なんだって…、坊や……!?」
ああ…、ダメだ……
ヒルダの堪忍袋の緒が切れた……
「もう一度、言ってみな! 坊やぁ!!」
「何度でも言いますよ!」
キラは僕の腕を振り解き、ヒルダと真っ向から対峙した。
「ラクスはボクだけのものです!!」
「言ったね…、坊や……」
ヒルダの隻眼が一瞬にして刃と化した。
「だったら坊やの腕前、見せてもらおうか?」
「ボクの…、腕前ですか……?」
「そうさね。本当にラクス様に相応しい男かあたいが見極めてやるさね」
「ヒルダ、本気か!?」
ヒルダの発言に、僕は思わず割って入った。
「お前、正気か!? こいつはあの……」
「だからさね、バルトフェルド隊長」
ヒルダは何故か自信満々に返した。
「【ヤキンのフリーダム】。それを目の前にして血が踊らない方が無理って話さね♪」
「だが、しかし……」
「分かりました……」
僕の言葉を遮るようにキラが低い声で呟いた。
「お相手、させていただきます……!」
「キラっ!?」
「ラクスは黙ってて……」
キラはラクスを一瞥し、もう一度ヒルダを睨んだ。
「火器を使えば間違いなくボクが有利です。ですので、使う武器はサーベルのみでやりましょう」
キラ、お前まで何を言い出すんだ!?
お前は知らないと思うが、ヒルダは僕と互角の腕を持っているんだぞ!
いや、少なくとも今のヒルダは僕より数段強い。
ラクスという主を見つけてから、ヒルダは格段に強くなった。
護るべき存在がヒルダを強くさせているんだぞ!
「いいね〜、その自信と心意気♪」
キラの言葉を聞いたヒルダは、にやりと笑った。
「これで機体のハンデ差はなくなった訳さね。後はパイロットの腕次第」
「決着は機体大破か降参のみ…、これでいいですか……?」
「気に入ったよ、坊や」
ヒルダは満足げな笑みを浮かべ、ドアへと歩き出した。
「勝負は1時間後。それだけあれば機体のセッティングも出来るさね?」
「ええ…、1時間後に……」
「楽しみにしてるよ、坊や♪」
ヒルダはそう言い残し、艦長室から出て行った。
とりあえず、この場は収まった。
しかし……
「キラ!!」
ラクスはキラを強引に振り向かせ、声を荒げた。
「あなたは何をお考えなのですか!?」
「悪いけどこれはボクの問題…、ラクスは黙ってて……」
「キラ!!!」
「ボクにだって譲れないものがあるんだよ……」
キラはドアへと踵を返し、最後にこう言い残した。
「ラクスだけは…、誰にも渡さない!!」
《途中経過という名の言い訳》
キラ、ブチギレる!!!
まあ、当然と言えば当然でしょう。
キラたんのプライドはズタズタにされました。
ここまで言われてキレないのは凸(アスラン)ぐらいなものです!
これを書くに至るまでに、色々な方の話を聞いたのですが…
「キラとヒルダ姐さんは絶対に仲が悪い!」
という意見が圧倒的なのに、管理人は少し驚きました。
まあ、多少の衝突はあっても2人はそんなに仲が悪いという風に思わなかった為です。
ヒルダ姐さんはキラを試している、というのがこの話の主題です。
でも、この話は書くのがひじょ〜に楽しいですw
でもって、管理人自身もこういうバトル話が大好きな人なんで♪
そして今年も凸の扱いは散々ですw(おい)
さあ、いよいよ火蓋が切られる最凶カード!
武器はサーベルのみ! 機体ハンデはない!
さあ、勝つのはどっちだ!?
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